
★アメリカントラック野郎・タイユーの
「アメリカ百景」
「アメリカ百景」
「アメリカ百景 6 – トルーマン大統領」
ゲートウエィー・アーチのセントルイスからはI-70で西に向かいます。次の大きな町がカンサス・シティーでここまで400キロほどです。カンサス・シティーはミズーリ川と支流のカンサス川を挟んで、ミズーリー州とカンサス州の2つの州にまたがっています。そして、川東側になるミズーリー州側のカンサス・シティーに隣接する町で「Independence インデペンデンス」は、第34代アメリカ大統領のハリー S. トルーマン(Harry S. Truman)が基盤としていた町で、トルーマン大統領図書館が建てられています。 トルーマンは、ルーズベルト大統領が歴史的な3選を果たしたときの副大統領だったのですが、ルーズベルトは3選を果たした後数ヶ月で他界します。1945年4月12日に、選挙ではなくルーズベルトの死によって大統領に就任したのがトルーマンです。そのときのアメリカはイギリスを援護してのドイツとの戦争、そして真珠湾攻撃による日本との太平洋線と、歴史的な第2次世界大戦の激戦の真っ只中での大統領就任です。 日本でのトルーマン大統領の印象というと、太平洋戦争で原爆投下を決断した大統領、そして無条件降伏をしたときのアメリカ大統領とのイメージが上げられます。しかし、このトルーマン大統領図書館に展示されている歴史的な資料を見てみると、もちろん日本でのイメージが事実であっることに間違いはありませんが、その見方は日本からみた狭義の見方であって、地球全体を見ながらの広義のトルーマンを見てみると、現代直面している世界のありかたの多くがが、トルーマンの大統領時代に端を発していることが多々見られます。例えば、南・北朝鮮問題、イスラエルの承認、国連創設、NATO創設、そしてソビエトとの冷戦と激増した原爆の使用の有無、・・・、あげればきりがありません。 もう3度ほど訪れたトルーマン大統領図書館ですが、ルーズベルトの考えていた世界観、それを実行したトルーマンの世界観、、これからのアメリカの歩むべき道を知る上でまたじっくりと訪れたい「トルーマン大統領図書館」です。 トルーマン大統領図書館![]() ルーズベルトの急死でトルーマンは33代アメリカ大統領に就任![]() ベルリン攻略 V-E Day![]() 1945年11月に予定されていた、日本上陸作戦図![]() その説明![]() 沖縄攻略![]() 広島に原爆投下![]() 日本無条件降伏、平和の訪れ![]() ソビエトが核実験、中国は共産国に![]() トルーマン、イスラエルの独立を承認![]() 米国市民権運動が高まる![]() トルーマンと記念写真を![]() フルロードブログサイト http://fullload.jp/index.php タイユーのブログサイト http://blogs.yahoo.co.jp/taiyuusa/ OTR=Over The Road アメリカを走る長距離トラッカー Copyright (C) 2011 Taiyu Watanabe 12/4/11 「アメリカ百景 5 – なぜ運転手が逮捕されるのか??」
「高速で逆走バイクとトラックが正面衝突」 http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20111118-865058.html 11月18日日刊スポーツネットより。 17日午後10時20分ごろ、名古屋市中村区名駅南2丁目の名古屋高速都心環状線で、逆走してきたミニバイクと大型トラックが正面衝突した。ミニバイクを運転していた同市熱田区の無職有賀太一さん(30)が頭を強く打ち死亡。愛知県警高速隊は自動車運転過失傷害の疑いで、大型トラックの徳島県阿南市の運送会社社員山崎貴文容疑者(38)を現行犯逮捕した。高速隊によると、現場は片側3車線。山崎容疑者は左端の車線を走っており「右にハンドルを切ったがよけきれなかった」と話しているという。 都心環状線はミニバイクの走行は禁止されている。高速隊は有賀さんが逆走した経緯などを調べている。(共同) [2011年11月18日9時0分] ********************************** アメリカの法は「疑わしきは罰せず」が基本です。したがって、是非が歴然としていれば現行犯で逮捕されることはめったにありません。上記の場合は、高速道路を走行禁止のミニバイクで逆走してきたきた方が法を犯していることは歴然としています。でもあるのに、何ゆえにトラックの運転手が「逮捕」されなければいけないかに大きな疑問をもたれたのが、大阪生まれですが北海道ベースで全国を走ってられる「テツ」さんです。 テツさんのブログサイトhttp://blog.livedoor.jp/marugaryman/archives/51940625.html#comments 日本の習慣で、ぶつけた方が悪い、ひいた方が悪い、だから一旦は逮捕するがその後の捜査で非がないことが証明されれば、釈放なり起訴免除なりの処置を取られるようです。しかし、逮捕された人に取っては何人も避けることができない状況で遭遇した不運でありながら、一旦は逮捕されるという社会的な不名誉を負わされます。 アメリカでは、横断歩道以外のところを横断している人をひいても罪にはなりません。また、歴然とした殺意を持って襲ってくる人を殺しても、正当防衛ですから罪にはとわれません。ましてや、名古屋の高速の事故のように善悪が歴然としている状況での逮捕などはありえないと思います。 何ゆえにこうした不合理な現象が起きるのかと考えてみると、日本は徳川時代に築かれた「管理社会」が、幾度の憲法改正にもかかわらず続いていることではないでしょうか。ですから、警察あるいは検察がすることは何でもしたがう言う姿勢抜本から考え直すべきではないでしょうか。いま一つは、そう言った憲法論や人権論を民間の立場から訴えるべき職業の弁護士が、アメリカに比べるとこうしたことに無気力に見えてなりません。さらには、なんの疑問も持たずに逮捕報道を掲載するメディアの報道姿勢も見直される時代かと思います。 自分が、このトラック運転手のような状況に遭遇したらと思うと、そら恐ろしいものがあります。 写真は、先日ワイオミング州のローッキー越えの折に遭遇した事故の様子です。事故の原因の是非にかかわらず、事故は避けたいものです。 フルロードブログサイト http://fullload.jp/index.php
タイユーのブログサイト http://blogs.yahoo.co.jp/taiyuusa/ OTR=Over The Road アメリカを走る長距離トラッカー Copyright (C) 2011 Taiyu Watanabe 11/21/11 「アメリカ百景4– map と freeway」
トラックドライバーは、毎日毎日道路との対話です。特に全米を走るOTRドライバーは、80%以上の荷物を全米を碁盤の目のように網羅されたフリーウェー(interstates 州をまたがって)を駆使して運びますから、トラッカーになって一番最初に覚えなきゃいけないのがマップの読み方です。荷物のアサイン(指示)と一緒に、ディレクション(direction)と呼ばれるお客様までの道順が衛星経由のメールで送られてくるのですが、内容は、何番のフリーウエィの何番出口を降りて何通りを右に、何々通りを左に曲がって云々と言ったものです。 こうしたフリーウエィーやハイウエィーの番号は、偶数が東西線、奇数が南北線と決められていて、番号の前にフリーウエィーは「I」ハイウエィーは「US」州道であれば「AZ」のようにその州の2文字の略語がつけられます。フリーウエィーの番号が二桁で下一桁が「0」か「5」が主要幹線で、特にI-10、I-40、I-80、I-5、I-15、I-95などは、大陸横断や縦断に頻繁に利用される、アメリカの大静脈です。主要都市では3桁のフリーウエィー番号を見かけますが、その町をバイパスように造られているか、その町の環状線として造られたフリーウエィーです。 道路脇には自分の現在位置が一目でわかるように、1マイルごとに距離標識のマイルマーカー(mile marker, MK またはMMK)が建てられています。東西線の始まりは各州の西の州境から、南北線は南の州境から計られ、各降り口番号は、このマイル数が番号として使われます。例えばテキサス州のフォートワース市で荷物を積み込み、南のサンアントニオに向かうのにTX, I-30E(Eは東に向かって), X-15AでI-35W(フォートワース側のI-35がW、ダラス側のI-35がEに分けられている)S(南向きに)と言った指示が来ます。これは、テキサス(TX)のI-30号線を東(E)に向かって走り、降り口(X)15AでI-35Wの南向きに乗り換え、Wacoに向かうようにとの事です。 フリーウエィーの建設当初は全域が無料で、燃料費に課税(国・州税)することで建設費や維持費を捻出していたのですが、近年では有料化される地域、特に東部で増えています。有料を前提として建設されたり、建設後に有料化されたフリーウエィーをターンパイクあるいはトールロード(turnpike, toll road)と呼ばれています。この有料化の権利は州政府がもっていて、州の財政を補うためのものです。また、州政府は速度制限を独自に設ける権限もあり、州によって、あるいは州内の場所によっての交通量の違いで、制限速度がかなり異なってきます。ちなみに軽油の税金は州によって異なりますが、ガロンあたり15-32セント、平均すると毎日70ガロン前後消費しますから、10-20ドルを毎日収めていることになります。 自分は荷物のアサインが来ると、ラップトップに載せてあるマップソフトの「MS Streets & Trip」で現在位置から荷主まで、そして届け先までのルートとフリーウェーを降りてからの道順を念入りに調べます。最近ではグーグルマップを利用して、周りの景色をそこそこ写真で確認します。特に、届け先に夜中着でオーバーナイトしなければいけないときには、近辺にトラックを停めれるような場所があるかどうかを事前に調べておきます。そして、トラッカー専用のマップブックで、高さ制限、営業車禁止等の規正が無いかを確認します。そして一番肝心の燃料給油をどうするかをネットでチェックします。アメリカの燃料価格は、時として1ガロン(3.8リッター)で20セント以上も違うことがありますから、2-3日おきに150ガロン(570リッター)以上の給油をすると時には1日の食事代くらいも燃料費が違うことがあります。O/O(オーナーオペレーター)にとっては、忘れてはならない大事なチェック事項の一つです。 フリーウエィーマップ![]() 出口マップ![]() 出口写真![]() フリーウエィー番号![]() マイルマーカー![]() フルロードブログサイト http://fullload.jp/index.php
タイユーのブログサイト http://blogs.yahoo.co.jp/taiyuusa/ OTR=Over The Road アメリカを走る長距離トラッカー Copyright (C) 2011 Taiyu Watanabe 11/7/11 「アメリカ百景 3 – OTRの魅力」
OTRトラッカーの魅力をあげれば切がないんですが、まずは毎日アメリカ中を観光していてお金を稼げることでしょう。 自分には、娘が二人いますが、長女は東のワシントンDC郊外に、次女は西のワシントン州の田舎町に住んでいます。連中の遊びに来るのを待っていたら、1-2年に1度の頻度でしか会うことができませんが、OTRトラッカーをしているお陰でワシントンDCには年に数度、ワシントン州は1-2ヶ月に1度の頻度で会うことができます。 念願だったホワイトハウスの前で写真も取れましたし、ワシントン広場のモニュメントから、最高裁判所、国会議事堂、スミソニアンの博物館も4ヶ所ほど見ました。フィラデルフィアのを訪れたときに見ることができた、ジョージ・ワシントン、ベンジャミン・フランクリン、トーマス・ジェファソンを中心とした「アメリカ建国の父」たちが自分たちの生命をかけて独立を議論したカンペンターズハウス、密閉した独立記念館の熱い憲法議論がなされた1室を自分の目でみるとアメリカ史好きの自分には身震いする感動を覚えます。 好きな航空博物館訪問もゆうに25ヶ所以上、それも世界的に有名な航空博物館ばかりです。プロの航空写真家ならば、こうしたところに多額の費用と時間をついやしなければ撮れないような写真のコレクションも、OTRトラッカーはお金をもらって楽しめるのですから、とにもかくにもOTRトラッカーはやめられませんの心境です。 そして極めつけは、自分のアメリカ生活のなかでの思い出の場所にいけることです。パイロットの免許を取る為に初めてのアメリカ生活数ヶ月をすごしたデンバー郊外の田舎町グリーリーも、再度訪れて見たかったところの一つです。以下の文は、その思い出の町グリーリーを訪れた折、自分のブログサイトに当時のことを思い出しながら書いた記事の一部です。 ************************************** デンバーから北へ1時間ほどの町グリーリーは、若きころのパイロット人生の始まりの町で思い出深い町です。 トラック野郎になった理由のひとつが、こうした思い出の町を今一度訪れてみたいとのノスタルジーからですが、2ヶ月ほどでその願いも叶い、そのときに撮った写真集です。 30年以上も前のことですから、現在はその面影もありません。残念ながら通ったフライトスクールもなくなっていましたが、訪れたときには感無量でした。 当時のアメリカはベトナム戦争の真っ最中でしたが、多くの兵隊が兵役を終えると帰国し一般市民の生活に戻るわけですが、兵役の恩賞として色々な復帰援助が行われていました。 B52爆撃機をキャプテンで3000時間というベテランでも民間の飛行機会社に勤めるためにはフライトスクールへ通いパイロットの免許変更しなければいけなかったのですが、その費用はほとんどが政府が負担してくれましたし、また経験がなくても新たにパイロットになりたい人にも政府の援助がありましたからフライトスクールは大盛況でした。 そんなところからタイユーのアメリカ人生が始まったのです。 この飛行場で3ヶ月間、アマチャーパイロット(自家用操縦士)免許の訓練を受けました。アメリカの訓練は早いですから1ヶ月ほどでよかったのですが、英語の勉強もかねてのんびりと楽しみました。 プロ(事業用)の免許は、フロリダ州マイアミの訓練校1年ほど通いましたがその話はあらためて。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 当時知り合った始めてのアメリカの友人。現在もグリーリー近くのラブランドLovelandに住み、親しくしています。写真は、友人所有のライトプレーンでグリーリー空港まで遊びに行った折りのものです。![]() ![]() グリーリーはロッキー山脈のふもと。こんな景色を眺めながらのフライト訓練でした。![]() フルロードブログサイト http://fullload.jp/index.php タイユーのブログサイト http://blogs.yahoo.co.jp/taiyuusa/ OTR=Over The Road アメリカを走る長距離トラッカー Copyright (C) 2011 Taiyu Watanabe 11/1/11 「アメリカ百景2 OTR」
OTRとは「Over the Road」長距離輸送の略です。ですから長距離専門の運転手を、OTRトラッカーあるいはOTRドライバーと呼びます。 OTRトラッカーは、荷物があればハワイとアラスカを除いた48州の何処へでも行きます。同じトラッカーでも、近場の配達専門だと毎夜あるいは1日おきくらいに家に戻れますが、OTRトラッカーはいったん家をでると、短くて2週間くらい長いと2ヶ月くらい戻ることがありません。もちろん旅の間の寝起きと言うか、24/7トラックのなかでの生活で、風の吹くまま荷物の向くままのジプシー生活です。ですから、小さな子供がいるような、家庭を中心にしなければいけない環境では難しい仕事ですが、子供が家を離れてしまっている人や、夫婦2人のだけで奥さんもトラックを運転するような人たちは稼ぎが倍になりますから、DINKS(double income no kids)の見本みたいな仕事です。短期間に一生懸命に走ってお金を貯め、つぎなるアメリカンドリーム達成の第1歩として好まれます。 OTRトラーッカーは走った距離だけが稼ぎにつながりますから、荷物の積み降ろしに時間を取られることを嫌います。でも荷物がなければ走れませんから、積み降しがすくなくてすむような大陸横断のような長距離で走りっぱなしが好まれます。最近はトラックの燃料が高沸していて、鉄道に長距離輸送を奪われていますから大陸横断をする機会もぐっと減っていますが、それでも1-2ヶ月に1度くらいは大陸横断の荷物がきます。 今も、2日前にカリフォルニア州都サクラメントを午後に出発して、ニュージャージーまでの3000マイルを走っている途中、ワイオミング州のトラックストップでこの記事を書いています。 毎日の写真を、日本で発行されているトラッッカー専門マガジン「フルロード」のブログサイトで、ビデオを自分のブログサイトでアップしています。週末に到着して月曜日の配達でゴールです。 ![]() OTRトラッカーの大陸横断風景をお楽しみください。![]() ![]() ![]() フルロードブログサイト http://fullload.jp/index.php
タイユーのブログサイト http://blogs.yahoo.co.jp/taiyuusa/ OTR=Over The Road アメリカを走る長距離トラッカー Copyright (C) 2011 Taiyu Watanabe 10/25/11 「アメリカ百景1 はじめに・・・」
映画「コンボーイ」でおなじみのアメリカの大型トラックは、車輪が全部で18個あるので エイティーン・ホイーラー、あるいはビッグ・リグのニックネームで親しまれています。牽引する前の部分がトラクター、荷物を積む連結した後ろがトレーラー。ですから、トラクター・トレーラーとも呼ばれ、全長が70フィート(30メートル弱)。荷物を満載にすると総重量8万ポンド(36トン)。430馬力のディーゼルエンジンで走ります。 アメリカ中を見てまわってお金がもらえる。そんな、願ったり叶ったりのアメリカントラック野郎になったのが2005年の4月、以来毎日毎日アメリカ狭しと走ることが仕事です。生まれは日本ですが、パイロットの免許を取りたくて21歳でアメリカにやって来、免許習得後パイロットもしていましたが、どちらかというとらスベガスを中心にしたツアーの仕事が長く、グランドキャニオンの案内だけでもゆうに2,000回を超えています。20年ほど前に大統領選挙に一票を投じたくアメリカ国籍も修得、アメリカ在住も35年を過ぎた今、自分は日本語の上手なアメリカ人と自分自身でもつくづく思う近年です。 そんなエイティーン・ホイーラーでアメリカ中を走りまわるアメリカン・トラック野郎が、走りながら思うアメリカのこと日本のことなどを書きとめたエッセイ集を、週1回で3ヶ月ほど掲載させていただくことにになりました。 いっときのエンターテイメントになればと願います。 8月に23日ほどに走った1万マイルの走行ルートです。
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アメリカン・トラック野郎 タイユーは走る
http://blogs.yahoo.co.jp/taiyuusa ベストカー トラッカーマガジン「フルロード」 http://fullload.jp/index.php Tomio Watanabe big5tours@hotmail.com |